華麗なる海外逃亡記

1年半、41ヶ国にも及ぶ(現在進行形)、自分のバックパッカーとしての記録を記した雑記です。

第22話 疲労 ~衝撃的な山登りと衝撃的な寝床~

 街の散策に出かけることにした私は、まず入り口の脇にある壁に登ってみることにした。あまり高くはないものの、しっかりと城壁の外を見渡せる。ここは狭く、7月のコトルはゴリゴリのオンシーズンだったので、非常に混むはずだったのだが、当時は新型コロナウイルスによるパンデミック真っ只中であり、あまり人も多くなく、スムーズに散策が出来た。狭い道を通って石の階段を上ると、城壁の上に出て、旧市街の外の街と海を見渡すことが出来た。壁の中と外では景色が大きく異なるのも、コトルの特徴の一つである。

 

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城壁の階段の下


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壁の上


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東京のロシア大使館前の警備員の入るスペースみたいな場所(絶対に伝わらない)


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壁の上から見る旧市街の外

 

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みなとまちー(ハウルの動く城より)

 

次に私は、旧市街の内部をくまなく散策するために、入り口とは逆の方向に向かった。石のトンネルをくぐって進んでいくと、水飲み場のある広場に到着。私は、日本で水道水を絶対に飲めない男なので、水には非常にうるさいのだが、この水飲み場の水は普通に飲めた。それ故に、コトルではボトルを持っている限り、実質水が無料で手に入ったのだ。後に旅をしていく中で知ったのは、ヨーロッパではちゃんと飲める水飲み場が存在する街が割と多いということであった。

 

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石のトンネル


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石のトンネルその2

 

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水飲み場のある広場

 

さらに進むと、いくつかの教会やオシャレなカフェ、お土産屋さんなどがあった。

 

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巨大な教会を裏から撮影

 

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なかなかよい教会

 

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オシャレカフェ


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コトルの小道


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後にイランで大量に見ることとなるペルシャ絨毯


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メインの広場


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オシャレなはずが、コロナで全く人がいないカフェ


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ふぜぇだぜぇ

 

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ふぜぇな別角度


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教会横にあったちっちゃいやつ


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内部


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いかにもキリスト教な感じがする


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中世ヨーロッパを感じる


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後に腐るほど見ることになる系教会内部

 

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バイオハザードの謎解き要素がある仕掛け感


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彫刻が美しい教会


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コトル、ちっちゃい教会まみれ

 

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ポケモン映画のワンシーン感ある建物

 

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コトル旧市街の中心広場の名物、時計塔

 

旧市街を一通り探索し終えると、私は旧市街のもうひとつの出入口に向かうことにした。もうひとつの出入り口は、おそらくそちらが表口なのだろうというような見た目であり、そこにはかつて使われていた小さな大砲なども置かれていた。小さな大砲って、甘くて辛い甘辛感あって、何か変な言葉だ。

 

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もうひとつの出入口


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小型大砲


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出入口前の広場

 

一通り観光を終え、いい時間だったので、夕食を取ろうと思ったのだが、その前に軽く旧市街をさらに細かく散策。すると、旧市街で軍隊(?)のパレードが始まった。典型的なヨーロッパの守衛の格好をした男たちがひたすら街中を演奏&行進。それを追いかける観光客達も行進。滑稽である。そして一通り追いかけ回すと、飽きてきたので、今度こそ食事をすることに。そして、ふと旧市街から見上げると、コトル最大の観光スポットであり、私が次の日に登ろうと決めていた城壁が見えた。下から見ても厳しいことは明白だったのだが、次の日に私は地獄を見ることとなる。城攻めとはいつも困難を伴うものである。

 

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急に始まった行進の様子


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下から見た城壁

 

そして、夕食は旧市街の外の普通のハンバーガーをいただいた。しかし、ここでモンテネグロという国、そしてコトルという街の恐ろしさを知ることとなる。モンテネグロは意外かもしれないが、ユーロを使用している国なので、物価が安いとは言いづらいのである(ユーロという通貨価値のせいで、コソボポルトガルなどのような例外はあるが、そもそも物価がめちゃくちゃ安い国というのは少ない)。また、オンシーズンのコトルでは、リゾートということもあり、さらに付加価値がつき、物価が上がりやすいのだ。モンテネグロに住んでいたセルビア人の友人曰く、ヨーロッパで1番醜い首都と呼ばれているポドゴリツァでは、物価は安いそうだ(筆者は何も無いとわかっていたので、ポドゴリツァには行かなかった)。そして、食事を終えるとホステルにもどる。階段の横のテーブルでは猫が寝ていた。

 

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普通のハンバーガ

 

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ホステルの猫

 

ホステルに戻ると、またもフェルナンドとスコットランドニキ達に遭遇。夜のコトルを軽く散策し、カフェでコーヒーを飲む。そして、開催中であったEURO2020を街のテレビで観戦するという、極めてリラックス出来る夜を過ごした。やはり、スコットランドニキ達は何を言っているか分かりにくかったが、イタリアのマンチーニが良い監督であるという意見が一致した(後にイタリアは優勝)。

 次の日、早朝からコトルの城壁を城攻めに行くことにした私は、城壁の登り口に向かった。早朝のコトルは人がほとんどおらず、観光には最も向いてるように思えた。城壁の登り口は2つあり、片方は有料、もう片方は無料である。なお、降りる際はどちらも無料である。私は、テキトーに探していたら有料の方に行き着き、その時点で既に軽く登っていたこともあり、無料の方を探すのがめんどくさかったので、8€をお支払いして有料の方を選んだ(今なら意地でも無料の方を探す)。その気になれば、無料の道は簡単に見つかる。いずれにせよ、急な階段をひたすら登っていくと、ところどころにチェックポイントのような場所や小さな教会跡が。それでも遠くに見える頂上をめざして登り続けると、行き着いたのは城壁の突き出した部分。しかし、ここからの道が見つからない。上にまだ何かがあるのが見えるので、そんなワケがないとは思いつつ探し続けると、やっと道を発見。この段階で運動不足ニキにはかなりキツかったのだが、ひたすら登り続ける。かつて、京都の伏見稲荷大社に行った際も、息を切らし、汗だくになりながら登頂したのだが、正直それよりもキツかった。そしてやっとの事で登頂に成功。そこには、何か廃屋のような構造の場所があり、その屋根の部分からは世界遺産コトルの旧市街を一望できる絶景スポットが。また、タイミングがよく、旧市街から教会の鐘の音が聞こえてきて、最高の瞬間を味わえた。しかし、空気の読めない家族連れはふぜぇの欠片もないドローンを飛ばして、撮影していた。時代の波というやつなのだろう。

 

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途中の謎の空間


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途中の教会跡


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教会跡内部


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心霊スポット感


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途中の道から登ってきたルートを見下ろす


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どこも廃れている


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立派な城壁(まだ途中)


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道のりはかなり急である


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行き止まりかと思った突き出た部分


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頂上の廃屋みたいな場所内部


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頂上の廃屋みたいな場所


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頂上からの景色(編集してます)


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頂上にある国旗


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頂上の教会


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頂上から見る旧市街

 

カップルの写真を撮ってやるなどしながら、景色を楽しんでいると、一人の男が近づいてきた。男は私にタバコを渡そうとしてきたが、もちろんゴリゴリに喫煙反対派の私は、断った。彼はウクライナから来たという。彼と軽く会話を交し、一緒に散策をすることになった。私たちは無料の道の方を使って城壁を降りていき、下の水飲み場で喉を潤すと、旧市街のメインっぽい出入口のあたりを散策。私は前日に行ってなかったのだが、こっちの出入口あたりの壁も登れるらしく、軽く登ると、こちらもまた綺麗な景色を楽しめた。

 

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出入り口の壁の上の広場みたいなとこ

 

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壁の上の植え込みが綺麗


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教会(?)


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綺麗である


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壁の上から見下ろす街


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出入口のあたり

 

私たちは次に、コトルの楽しみのひとつである、ビーチに行くことになった。緑っぽいが、近くで見るとなかなか透き通った海のビーチが広がっており、なかなか良かったのだが、問題がひとつ。コトルのビーチは砂ではなく、砂利のため、ビーチサンダルがないと、本当に痛い。これは、海に入ってからもそうで、足が非常に痛かった覚えがある。

 

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ビーチの水


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ビーチの様子

 

ビーチでくつろいだ私たちは、軽く街のカフェでコーヒーを嗜みながら、カフェの屋外のテレビでサッカーを観ることに。また、ここには何らかの弦楽器を弾くパフォーマーがおり、人生でもトップクラスにリラックスした時間を送ることができた。そこで何時間もボーッとした末に、フェルナンドとスコットランドニキ達も混じえて、街のパブに場所を移し、やはりサッカー観戦を楽しんだ。

 

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夜のコトル


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パブ


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ストリートパフォーマー

 

試合も終わり、私とウクライナニキ(名前はキリル)はお先にパブを後にした。キリルはなかなかクレイジーであり(後に自分がすることとは当時は思いもしないのだが)、ビーチでマットを敷いて寝ていた。そこで、彼を寝床のビーチまでお見送りした。彼が寝床の準備をする際に、お手伝いのためにiphoneで手元を照らすと、「誰かが来るから直ぐに消せ」と言われた。アングラである。この時にキリルとは別れたのだが、これが悲しき話であった。彼とはその後も時々連絡を取り合っていた。そして後に、私はウクライナにも行ける場所まで行ったのだが、観光資源の少なさとルートを考慮した上で、後回しにしてしまった。これを今でも私は後悔している。戦争が起きることなど当時は全く予想出来なかったのである。戦争勃発後もしばらくは彼の安否を確認できたのだが、最近は全く連絡が取れない。彼が生存していることと、いち早く終戦を迎えることを心から祈っている。そして次の日、朝一番のバスで私はコトルを去り、アルバニアの首都、ティラナに向けて出発することにした。ティラナにて私を待っていたものとは......

 

次回、肉を食っても肉にはなるな

 

                                           to be continued.......